武豊プロフィール・歴史

1969年3月15日に京都で父・邦彦、母・洋子の三男として生まれた。
父は1960年代〜1980年代にかけて第一線でジョッキーとして活躍し、その後調教師になった。このルーツは武豊の弟の幸四郎と同じである。

1984年に競馬学校へ入学し、騎手を目指す。同期には関東で活躍する蛯名正義騎手がいる。
その後、順調に学校を卒業し、晴れてJRAジョッキーとなる。
天才武豊の歴史の始まりだ。

1年目は69勝でJRA新人記録達成

3月7日阪神3Rダイナビショップ騎乗で見事初勝利。
この年は69勝あげ、JRA新人騎手としては最多の勝利となった。
この記録は、2008年三浦皇成騎手に更新された。
翌年には史上最年少(19歳1ヶ月)でJRA通算100勝を達成。
その年の菊花賞で3番人気のスーパークリークに騎乗し、見事G1初制覇を飾った。
これもJRA史上最年少クラシック制覇であった。
スーパークリーク

 

 

 

 

アメリカでグランマジーに騎乗し海外初勝利

1989年にはアメリカのアーリントン競馬場でグランマジーに騎乗し、アローワンスを制し、海外初勝利をあげた。
同年、史上最短JRA300勝を達成し、初のJRAリーディングジョッキーを獲得。

誰もが知る有馬記念で感動のオグリキャップ復活の立役者

競馬ファンでこの出来事を知らない人はいないだろう。オグリキャップラストランの有馬記念だ。
宝塚記念2着後に、両前脚に骨膜炎を発症したオグリキャップは、秋は天皇賞から始動した。10月上旬から次々と脚部に故障を発症して調整は遅れての出走し、折り合いをかいて6着。続くジャパンカップに向けた調整では、明らかに格下の馬相手に遅れをとる調整が続き、レースは11着と敗れた。
誰もが引退を勧める状況でオグリキャップは有馬記念でラストランと決定した。
このラストランで騎乗を託された騎手こそが、武豊である。
武豊は、本年の安田記念でオグリキャップに騎乗し勝利した以来の騎乗となった。
4番人気で出走し、武豊は、見事オグリキャップを1着に導き、感動の涙を生んだ。

スペシャルウィークでダービー初制覇

武豊は絶対に勝てると言われていたダンスインザダークでダービーに挑むも、フサイチコンコルドに負けるなど、ダービージョッキーになっていなかった。
1998年、28歳のダービーでスペシャルウィークに騎乗し、ダービージョッキーとなった。